東京からもどったあくる日、来客の気配がした。女の声である。
「お兄様、大変!」
妹があわてた様子で、伝えに来た。
訪問者は、隣屋敷の倉田家の妻である。
茶を飲みにこないか、と主人が望んでいるというのである。
「めずらしいこともあるものだな」
と、久瀬は意外な面持ちでいった。
「せっかくだから、あとでお伺いするとつたえなさい」
「はぁ〜い」
ところで、倉田家からの招待は、意外のものだった。
隣同士であり、このあたりの名家ではあるが、ほとんど言葉を交わしたこともない。娘の佐祐理は、親に似て気位が高い。
かつて久瀬は、佐祐理を凌辱する妄想にふけったこともあった。
それをおもうと気まずいが、とにかくいくことにする。
倉田家は茶室をしつらえて久瀬を待っていた。
意外なことに、どうせ出てこないと思っていた佐祐理が和服姿でひっそりと脇に控えていた。
「佐祐理は、このごろ茶道のほうも上達しましてな、きょうはひとつ、お点前を見ていただこうと、急に思い立ちました」
久瀬のとなりで主人がしきりにはなしかける。
「佐祐理さんのお顔を拝見するのは、ひさしぶりです」
と、久瀬は佐祐理に話し掛けた。
「…」
氷のような美貌には表情がまったく消えている。
精巧な人形の様に完璧な顔立ちは、男が望むおんなをそのまま造り上げたような魅力があった。吸い込まれるように凝視してしまう。ビー玉のような瞳がうごいた。どこか、壊れてしまったような印象を受ける。
佐祐理は茶をたてはじめた。
「久瀬君は、もう東京でお勤めとか」
主人がいろいろと久瀬に話し掛けて、ほう、とか大したものだとか大げさにほめあげた。そのあいだ、久瀬は目を伏せている佐祐理が気になって茶の味はまったくわからない。
「それでは…だいぶ長居いたしました」
「おお、それでは佐祐理。久瀬君を送ってさしあげなさい」
倉田家を辞して、なつかしい街並みをあるきながら、ふと倉田家は佐祐理を自分に押し付けようとしているのではという考えが頭をよぎった。
「まさかな…」

「お兄様、よろしいですか」
「うむ…入っていいよ」
その夜読書していた久瀬は本を閉じた。
「どうでした?倉田家のほうは…」
「格別の用はない。ただ…」
口を濁した。
「…佐祐理さんと会ってきた」
「やっぱり」
沈黙が流れた。
「なにか知ってるのか」
「いいえ、とくには…それで佐祐理様はどんなかんじでしたか?」
「昔とは、だいぶ変わって大人びた、落ち着いた方になったようだ。私とは喋ってくださらなかったが」
「…」
「まあ、私が嫌われているのは確かだろう」
やや、自嘲気味に吐き捨てた。俺を愛してくれる人間はまずいまい。それまでも、そしてこれからも。
「お兄様…じつは…」
「…?」
「申し上げにくいんですが」
妹が手短かに語った内容は、驚くべきことだった。
俺がいないあいだに、倉田家から縁談があったこと。そして、それまでのウチと倉田家との関係から、容易に断るわけにいかない性質のものだということ。
「なるほど」
我が家と倉田家の関係は祖父の代からのものだ、とは聞いていた。
そして倉田家の当主である、佐祐理さんの父上はまぎれもない街の有力者。その男が膝を曲げて娘を貰ってくれと頼む以上、簡単には断れない。
「でも…あまりに理不尽です。それが口惜しくて…」
「私は反対です…失礼ですがお兄様は佐祐理様がどんなひどいご病気に罹っているかご存知?」
「べつに普通だったが…そんなふうに見えなかった」
俺は明るい声ではしゃぐ佐祐理さんのかつての姿を懐かしんだ。ほとんどがスレ違いだったが、優しい天使のような笑顔を。
お互いに大人となり、その美貌は変わらないどころか、いよいよ凄みをましている。そんなはずはない…

「…廃人同様、だそうです…もう絶望だと…ききました」
妹の目から涙がこぼれた。
つらい話が続いた。精神病から佐祐理さんが何回も自殺を図り、そのたびにクスリも強くなり次第に壊れていったこと。
いまは意志のない人形のようになり、おとなしくなったが、そのかわり二度と回復することはない。
「ね。お兄様、断りましょう…私も佐祐理様が大好きでした。とっても優しくて、きれいで。本当の姉様になってくれたらって…」
声を詰まらせる。
「そうだな…」
「…私は…痛々しくて見てられません」
「そうだな…母さんが生きていれば、きっと賛成してくれたろうよ」
俺の母。幼いころに亡くした母。
白い病院。
思い出すのも嫌な記憶。
「ね…泣いてちゃ駄目…」
佐祐理さんの優しい言葉。
それから俺の片思いがはじまったのか。
佐祐理さん…
俺は嫌な奴だ。何度そう言われてもこたえはしない。この嫌な世の中を渡っていくにはそれしかない。
でも、佐祐理さんは俺の正反対のヒトだ。自分のためでなく、他人のためにぼろぼろになって行く。もっとらくな道もあったはずだ。俺の通った道のように。そう、他人の苦しみなんて無視すればいい…
なぜ、できない?かんたんな事なのに。
おそらく、俺よりはるかに強いひとだったんだ…そうずっと思っていた。
でもそれは、彼女にとり、絶望にたどりつく道でしかなかったのだ。
あんたは…馬鹿な女だ。
でも、そんな女を俺は愛している。
壊れた人形のように成り果てた佐祐理さんの抜け殻であっても、手に入れるチャンスが訪れたら…俺は…
男って悲しい生き物だから。
たぶん…それでも俺は…

一年後。祐一はメールを起動していた。
「ん…来てるな。誰かな」



こんにちは。

はじめましてわたくし倉田佐祐理というものです。

な〜んてね

すっかりご無沙汰しておりますおめでとうございますっ!!

祐一さん、舞とのご結婚お祝い申しあげます!!

祐一さん、色々お忙しいでしょうけど頑張ってください!

佐祐理の方も、ちょっぴり幸せな事が!

なんでかっていうと・・・なんです(ご想像におまかせです☆

あ、そうだ!それではまだ仕事?があるので、それではまた〜

いろいろ大変だとは思いますが、頑張って下さいませぇ〜☆

それではーっ☆



「おい…舞。起きろ!」
「祐一、うるさい」





END


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